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過去に3回死にそうになった話…臨死体験なの?

過去に3回死にそうになった話…臨死体験なの?

 
昨夜夜勤の出掛けに書いて、これは後日載せようかと考えていました。
もしかしたら、楽しみにしてくれる人も、ちょっぴりいるかもしれないと思って、今朝載せておくことにしました。
m(_ _)m




臨死体験をした人は死ぬのは怖くなくなると言う。

俺は東京の五反田で生まれ大井町で育った。
今住んでるのはまた違う場所だが。
東京の人は、ああ、都内の隅っこね…って言うかな(笑)

昭和40年代は長屋暮らしだった。
今はそういうのが無いから、言うなればかなり汚いアパートと言ったらいいか…

まずしい人がけっこう住んでたと思う。
うちも同様だった。

俺は子供の頃は小児喘息で、運動は駄目だった。
それだってのに、親は今で言う育児放棄の人間で、両親揃ってタバコを吸い、たびたび喘息の発作に襲われてた。
自分の不幸話はしない事にしてるので、家庭のことはこのくらいにしておく。

まだ幼稚園の年少くらだったと思う。
一人で家に放置されてて、そこで発作を起こしたが、それがけっこう重い発作だった。
最初に死んだのはこの時で、誰も居ない六畳一間のアパートで、俺は一人で死んだのだと思う。

そのときに見た光景は、あたり一面まっ黄色な世界だった。
それはとにかく黄色に光った花で、花の高さがちょうど、当時の子供の俺の背丈くらいだったかと思う。
とにかく、ただただ黄色の世界といったらいいだろうか…

真実なので、よく川があるとか先祖がでてきてとか…そういうオチは無い。
ただ俺の記憶は、それだけしか無いのだが。

次に気がついた時には病院のベッドの上だった。
かろうじて、死ななかったらしい(笑)

次に死にそうになったのが、小学校1年生のときだった。
細い路地から、通りに飛び出した俺は、車に轢かれてしまった。
頭をしこまた打って、いまのようなアホになった(汗)

それで、どんなタイミングでそうなったのかわからないが、次の瞬間に、道路で血だらけで倒れている俺を、俺自身が3〜4メートル上の空中から眺めていた。
あれは俺だなと、俺自身がすぐにわかった。
おもしろい事に、近所に住む人が出てきて、慌ててるのも見えてた。
俗に言う幽体離脱というものかな。

だが、記憶にあるのはここまでで、その後は病院にいたのしか覚えていない。

それで、これは40歳くらいのことだが、家で薬を服用したら、アナフィラキシーで立っていられない程になった。
嘔吐と悪寒となんとも言えないが、手足がしびれてた。
それで、ちょうど会社に行こうとしてたのだが、なんとなくやばい感じがして、かみさんに、救急車を呼んでもらった。

救急車で運ばれている時に、様態が悪化して、血圧が50を切って、下は測れない状態になった。
救急隊の人が、危ないだとか言ってて、かみさんが半泣きしてた。
それが、どうしてか俺はとても頭の中は元気で、みんなの話もしっかり聞こえてるのに、身体がまったく動かない。
どういうこっちゃと思った。
病院を散々たらい回しにされた後に、ようやく収容先が見つかってそこへ入院した。

この時に俺は、そのみんなの話は聞こえてるけども…の後に、とにかく真っ白な世界にいた。
その真っ白な視界になった時に、なんの音も聞こえなくなった。

俺はこの時に、死ぬってのはこういうことなんだと感じた。

不安も恐怖もなく、ただ白い霧のようなものに包まれて、さっきまでの胃の痛みも、吐き気もなく、リラックスする気分の良い感じだった。

それで、気がついたら病院の中を、ストレッチャーで運ばれてる最中で、ここはどこだ?と思った(笑)
途端に胃痛が襲って来た。

たぶん3回共に、死にそうにはなってるんだと思うが、臨死体験かどうかはわからない。

でも、子供の時の体験があったあたりから、人が見ないものを感じたり、不思議な現象があったり、幽霊をみたりと、最近まで続いてる。

この感覚的なものは、目で見たり、耳で聞いたりするだけでなく、夢に現れたり、そういう予感や前触れを、感覚といったらいいか、感じることがある。

まあ、信じてくれる人がいたら、信じてもらえたらうれしいけども、なかなかこういう話は無理があるよね〜(笑)


夜勤で会社行くので弁当作らないと…

ではでは