ブリブリの日常的な感じ

日常の自分を綴る

いい加減なコメントをやっつけで返信する人…

いい加減なコメントをやっつけで返信する人…

SNSは毎度の事、一度リセットするのに数ヶ月で辞めているが、入り直すと、なぜか不思議なことに、ぜんぜん今まで交流のなかった人の足跡が増え、またコメントなどをいただく。

それまで、いろいろな話をした人はいたはずなのに、その人はもう足跡さえつく事もない。
(まれはあるけども)
なんだか不思議な事だ。

前にここに居たときには、親身になって話を聞いてくれると勝手に思ってた人が、実はコメント中毒で、大勢からコメントもらってないと落ち着かないって人だった。
そのためには、切らなさいように、お世辞を並べた短い返信を重ねる。
気持ちはわからないでもないけども、心のこもってない話は、脈絡がすっ飛んでたりと、極めつけが、相手を間違えてのコメントだったり…
いい加減なコメントをやっつけで返すから、そんな現象が起きてしまう。
こうなってくると、いささかこちらもガッカリする。

前からそうだが、少数精鋭の方が、きっと楽しい世界観があるように俺は感じる。

いろいろあって、例えば友達3人で出かけて、その中の友達が自分だけの知り合いを呼んで4人となった。
こういうのがすごく嫌いな人がいる。
俺もその1人だ。

残りの2人はその知らない1人と、どう接していいかわからない、そもそも友達の友達だからといって信用してるわけではない。
大体3人で楽しもうと言ってたのになんだ…と。
そんな話を俺に言ってきた人がいた。
それは共感できたけど。

それでその知らない友達を連れてきたやつにも、なんでそんなことしたんだって言うと、たまたま連絡したら1人でつまらないって言うんで呼んだという。

この人間にとって人数の増える事はどうでもよく、ただみんなでワイワイ楽しくやればいいじゃんと言う考えしかない。
だけど他の連中は、気の知れた3人だけで楽しみたかったわけで、実は大きく考え方が異なる。

飲みでも、知らない間に大勢の知り合いを呼んで、その誰とも、適当にしか話をしないまま、飲み会は終わって行く。
呼ばれた人は、こんな大勢と知らなかったと言う人と、大勢でよかったという人もいる。

いずれにしても、人の心には、入ってきてほしくない領域があって、それはそれぞれが違うということだ。

話は脱線したが、大勢に毎日沢山のコメントを返し、それぞれを訪問して、またこちらからコメントを書いていく。
それは、楽しい交流の人もいるが、大概は事務的な交流となってるような気がしてならない…