ブリブリの日常的な感じ

日常の自分を綴る

お袋の、退院

これからお袋が退院します。
ご心配おかけし、また、お気遣いありがとうございました。

今、病院から電話があって、コロナ病棟を通らないで、三階まで迎えに来いとありました。

これまで圧倒的に自分が入院してたので、病院から電話をもらうことなどなかったのですが(笑)
1人で入院し、1人で帰るパターンが通常でした。

お袋の手術前は主治医から電話があり、退院は看護師から電話があって、 仕事とはいえ、さまざま細かいケアが大変なんだなと思いました。

先生、看護師さんには大変お世話になりました。

これから迎えに出かけます。


無事に退院したはいいが、またもムカつく事ばかり。

ま、今日は怒らず、俺が頭を冷やそう。

入院翌日からのことだが、主治医から朝は9時から検査を始めるから、そこから病院に居てくれとあった。

受付で面会の手続きを取ってから、ナースステーションへ行くと、あれ?治療が終わる11時過ぎに、家族は来るからって、お母さんが言ってましたよ…と。

どこからそんな話になったんだ?
だいたい検査してダメだったら、治療は延期になるって話では?

まあ、先生からどんな話になってるかわからないしな…
考えても仕方ない。

コロナ関連で、待機室には一人しか入らないでくれという。
なんか、いっぱいで来ちゃったなと…
親父だけ残して、他は外来で待った。

それが、11時になっても終わらないし、家族はぐったり加減になってた。
これだけ時間がかかってるのは、おそらく検査だけじゃないねと。

待つのはけっこう体力もいるし、あんまり時間がかかると、よからぬ事を考えたりもする。

それにしても、待つのがそんなに大変かねと、俺は思ったけども…。
そもそも俺は、過去の仕事では、客との折衝とか打ち合わせでも、何度も門外で待たされたりもしてきた。
2時間も雪の中外で、待たされたこともある。

この病院へ最初にお袋を連れて来た時も、電話で予約したにかかわらず、指定された9時半に行って、見てもらったのが12時半。それから検査を二度もやって、帰ったのが15時過ぎだった。飯抜きで。
けっこう待たされたよね。
その日はどういう訳かかなり混んでる外来だったので、椅子もほかの方に譲って、俺はほとんど立ちっぱなしだった。

まあ家族女ばっかで、女の人は足腰が弱いし、静かに待ってることができない性質だし、男よりも辛いかなと思った。

とりあえず、11時過ぎてから、待機室に行くと、まだだって親父が言ってて。
電話するからと言ってきたから、電話できるのか?とふと思ったがそのまま、また外来へ。

すると、12時半に親父から電話があって、これからあと1時間半はかかるから、昼ごはん食べてきてくれと、看護師に言われたと。

それで、この辺のお店はよくわからないから、ちょっと遠くのいつもの店へ行こうと思ったら、近くにココスがあった。
面倒だからここでいいかと、そこでみんなで昼食をとった。

それから戻ると、すぐにまた親父から電話があって、終わったと言われた(汗)
遠くの店へ行ってたら、誰もいなかったところだった…
近くの店に入ったのは、何かのお知らせだったのだと思う。

看護師にここで待ってろと言われて、みんなで待ってると、ストレッチャーでお袋が運ばれてきて、麻酔で朦朧としながら、何か言ってたが、何をいってるのかもわからなかった。

その後先生がすぐ来て、説明するからと別の部屋で説明を受けて、結局15時過ぎに帰宅した

翌日は一応休みをとった。
町内会の副会長兼、班長になったおかげで、班の名簿やら、ゴミ当番表やら、そのほかの書類を作らないとならないので、それを作った。
こういうExcelPowerPointで作るのは、俺は仕事でやってたからできるけど、できない人はどうするんだろうね?と思った。
それから掃除して、夕飯の餃子を作った。

それで、今日は朝から天ぷらを揚げて、お袋が戻ってきたら、とりあえず昼飯用にとお皿に盛り付けて、親父に用意したからと言っておいた。

それがね、ちゃんと別にしておいた、俺の夜勤の弁当用の天ぷらを、親父が引っ張り出して食べようとしてる…
嫌な予感がして台所へ行って、間一髪だった。
それこそ、どうやって見つけた?って言いたい感じだった。

もう、頭もイカれてきてるんだなと思った。

この先も、いろいろすったもんだあるんだろう…
なんか、疲れる。


さて、仮眠して夜勤の出かける準備にはいるかな。