正直言ってオーラってなんだかよくわからない
正直言ってオーラってなんだかよくわからない。
オーラが見える人、その色でその人の状況がわかるっていう、特殊な能力を持ってる人もいるのかもしれない。
だが俺には、そういうものは全然分からないし、見えない。
たぶん。
俺が見てるものはその人の全体像で、その人が病気だったりしたら、身体の部分的に色が変わって見えたり、それは赤だったり黒っぽかったりが多い。
全体から光を放ってるって人は見たことがない。
ただ俺は、生きてる人間が透けてるのを見たことはある。
率直に言って、オーラは光背でしょ。
光背を持っているのは、神様だけと思ってる。
仏像の光背が光っているのを2度だけ見たことがある。
1度は長野県の善光寺で、2度目は奈良の薬師寺。
2度目の時はかなり驚いた。
それも友達と一緒だったが、友達には見えてなかった。
よく天使なんかにも光背が描かれているが、それは宗教画がなんかに多く見られる。
だから凡人に、そうした光などわかるはずがないと思ってる。
特に凡人中の凡人の俺などには、見えるはずがない。
もしそんなのが見えたとしたら、お迎えが来た時なんだろう(笑)
俺の友達の友達に、それは女性なんだけども、夫の DV で離婚した人がいた。
その人は京都に有名な霊能者がいるからって、そこまで遠くから足を伸ばして、何かを相談しに行った。
そこまで行くの旅費もかかるし、霊能者にお支払いする額もかなりのものだろう。
それでも何か知りたいことがあったのだと思う。
自分の力や他人の力でも、どうにもならないことがあれば、神様にお願いしたり、未来を見る霊能者に、みちびきを頼るのも人間だと思う。
俺はその話を友達からずっと聞いてて、友達は彼女が本当に可哀想な人生を歩んでいると言っていたが、俺にはどうも、今付き合ってる男の話なんじゃないかな?としか思えなかった。
この話は長くなるし、他の人のことになるのでこの辺でやめておく。
俺は、相手を目の前にして、その人に迫ってる事や、さらに未来に起こるようなことが、なんとなくわかったりする時がある。
もちろんいつもわかるわけではない。
見えてる時は勝手に、自分がスラスラと、こうだこうだと喋り、それは多分いつもの俺ではないと思う。
それはその人と直接会わなくても、電話したり、あるいは LINE でも感じる時がある。
ただこれは当たり前の話だけれど、その人との関係性にもよる。
相手が女性だったら、男女関係に至っていれば、当然よくわかるに決まってるし、ただ目の前に座ってる初めて会った友達だったら、そのぶんしか、わからない。
これが誤解しやすいところだが、それはちゃんと心を開いて、相手に委ねられる部分がどこまであるのか?ってこと。
特に嘘をつく人は、見るのが難しくなってくる。
それもちょっと変な話になるが、大体相談してくる人は、隠しまくってるから。
ほぼ嘘で固められてる状態で、自分の安心感だけ得ようとしてる。
自分がこうなりたいと思う未来に対し、都合のいいことを言ってくれる人が、いい人だと思ってる。
世の中ってそういうものじゃない。
俺は見てるものを、そのまま喋ってるだけだから、占いでもなんでもないんだけども…
例えば、それが占いだとしても、相手のことを考え占うっていうのは、非常に時間を要するものだ。
けれどそういう労力を知らない人達は、タダでやってもらって当たり前だと思ってる。
そんな何だか知らない、口からでまかせのことに、対価を支払うなんて…って、ことなんだと思う。
俺は、前の会社が倒産してこの会社に入り、給料が半分になった。
それで俺の小遣いも毎月1万5千円になった。
バイトしてた高校生の時よりも少ないかもしれない(笑)
けれども俺は、ここぞって時に、神社やお寺で神様にお願いするときは、千円札を入れることにしてる。
1万5千円しか小遣いがない中で、千円を入れるのは、かなり自分にとってはきつい。
そのきついっていう気持ちがないものは、実はお賽銭や対価にはならない。
何かをお願いする時には、ある程度自分自身も覚悟を決めて、その対価を委ねる気持ちがないといけないと思う。
特にお金でと言っているわけではなく、それに見合うものをという意味です。
だから明日俺は、消防設備士の受験に出発する前に、お願いしたお寺に行って、合格のお礼のお参りをして来ようと思ってる。
まずは玄関を掃除し、トイレを掃除し、流しに洗い物をいつまでも残しておかないような、清潔感をもった生活に心がければ、悪い運も少しずつ消えていく。
個人的な話になるがあまり黒やグレーといった洋服を着るのも良くないと思う。
できるだけ明るい色にして、派手にしろと言ってるわけではなく、見た目が清潔感を感じられれば、それでいいと思う。
神棚のあるご家庭は、必ず毎日お水を取り替えるのは当たり前。
神棚がない家庭は、朝日が差し込むところに観葉植物などを置いて、そこにおちょこぐらいの入れ物に水を汲んで、自然の神様にそのお水を捧げるような気持ちで、手を合わせてみれば、自分の心も安らぐ。
何をやってもうまくいかない時もある。
俺だって転職するのに5年もかかった。
諦めないで、時期が来るのを待ったからだと思う。
神様や霊能者に頼っても、結局は最終的に、自分の決断で動いていくしかない。
いつもそうした、綺麗な環境に気をつけたりしていれば、その時にわずかながら、背中を押してくれるなにがしかがあったりと、光が差し込んでくれる。
自分の代わりは他にはいない。
どんな人の言葉も、一時的な慰めにしか過ぎないから。
社会的なモラルや、世相から、自分のしていることが、時々間違っていると思うこともあるかもしれないが、それが自分にとって、最善の方法であるなら、俺はそれでいいと思ってる。
こんな世の中だから、できるだけ自分に正直に生きたい。
今回もまた話がめちゃくちゃになりました。
すみません(-_-;)