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転職の記録15

転職の記録15 退職しました

 
 
昨日7月28日の夜勤明けで、これまで勤めたクリーンセンターを退職した。
勤務は今月末までだが、休みを頂いた。

短かったような長かったような8年と4ヶ月だった。

それについて感慨深い話をいろいろと昨日書いたのだが、明日単身赴任するので、その準備をしていて、パソコンをすべて閉まってしまった(汗)
下書きの書いた記事も見られない。

それもって、この記事、途中で絵文字を使ってしまって、あ、ここはそれ使うと、文章切れちゃうんだっけ…と気がついた時には遅く…><!

以前も、前の会社の事は様々書いてきて、こちらでも、励ましなどいただいた。
下請け弾圧や、長幼の序列や、言葉使いをはじめとする、基本的な常識、モラルなどに大きく欠如した連中しか居ない職場だった。

この会社の前、設計会社で仕事をしてたが、地道に努力して、課長職まできた。
それが、会社が傾いてくると、体のいいリストラで片道2時間半の客先へ出向。
任期が終わったら戻してくれるはずが、戻るどころか、また別の客先へ出向。
その客先で、いろいろ会社が倒産間近となり、管理職だったので、真っ先にクビを切られた。

これまでの自負など、様々な思いがあったが、それよりも何も信じられなくなり、頑張ったことが無駄だったと思った。
自暴自棄で、どこでもいいやと思って、家から近かった職場がここだった。

昼夜交代勤務でやってきて、本当に51歳からの転職でもって、身体もきつかった。
非常識な連中に、子供程のやつらから、お前呼ばわりされてスタートした。
はじめは本当に投げやりだったが、3年でこいつらを抜いて、役付となった。
支所を変えてきた足跡は、残ってる連中が、これから少しでも感じてもらったら、甲斐があったかなと思う。

さて、今度は、この2年半で取得した国家資格6種類でもって、転職を実現した。
だが、家から通えるところではなく、福島の田舎に、単身赴任しての仕事となる。
明日、こちらを出て、単身寮にはいる。

家族からも色々と意見があったり、同居の親も高齢だったらりで、決断するには苦悩した。

だが、もう間もなく60歳の俺を採用し、管理長として登用してくれるという条件は、なかなか無いものだから。

ま、だめだったら諦めるしかないが、退路を断っての挑戦だから、できる限り努力していこうと思う。